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2022年はドラマ「相棒」関連の記事が中心です。

小学生女子の野球選手がぶつかる壁と葛藤を《竜巻少女》から学ぶ

女子野球の競技人口が増えてきました。女子プロ野球の認知度は上昇し、女子の甲子園大会を望む声もあがっています。とはいえ、野球をやりたい女子の受け皿となるチームの数はまだまだ足りない状況です。

小学生、中学生では男子に混じってプレーする女子の姿をよく見かけます。この記事で紹介するのは、そんな境遇にある小学生の女の子の物語。彼女はまだ「女子野球」とは出会っていません。

そこには、どんな葛藤があるのでしょうか。

青い鳥文庫で野球の話

本のカバーの折り返しに、この物語の中心となる少女の、こんなセリフが抜き出されています。

【うちは将来…いや、まず甲子園に出て優勝する。そんで日本のプロに入って、そのあとメジャーに行くねん!】

すごい野望です。

竜巻少女(1)?嵐なピッチャーがやってきた!? (講談社青い鳥文庫)

竜巻少女(1)?嵐なピッチャーがやってきた!? (講談社青い鳥文庫)

 


講談社・青い鳥文庫【竜巻少女~トルネード・ガール~】(風野潮、画・たかみね駆、2012)は、弱小野球チームに所属する小学生たちの成長を描く物語です。

背表紙に「小学中級から」と表記されています。

著者の風野潮さんは、

【わがまま転校生、ひ弱な投手、野球初心者のような女の子…ちょっと変わった、でも身近にもいるようなメンバーばかりです。「スポーツは苦手」「野球のルール、わかんない」っていう読者さんにも、きっと楽しんでもらえると思います】(青い鳥通信NO.69)

と述べています。

250ページ近くにわたる本編は、決して「子ども向け」だけに書かれたわけではない、オトナへのメッセージがあふれています。

転校してきた美少女エース

ストーリーは、新しくできた、選手9人の弱小野球チームの、これから小学5年生になる左投げ投手の視点で、進行していきます。

このチームに、関西から転校してきた強気な美少女投手が加入したところから、選手たちの内面が少しずつ揺れていく様子が、繊細に描写されています。

語り手の左投手・優介は、簡単に、豪速球右腕の理央にエースの座を奪われ、控え投手にまわることに。

つい3か月前から野球を始めたばかりの初心者の男子・女子を含めた、基本の動きを身につけていない選手たち。投球・打撃・走塁すべてセンス抜群の新加入女子選手から大阪弁で本音が飛び出すたびに、チームのムードは険悪になります。

子どもたちの衝突をある程度までは見届けてから、やさしく仲裁に入るのは、心臓に病気を持つ、やさしい監督。

野球は好きだけれど、激しい運動は禁止されている監督だからこそ、選手一人ひとりの性格を把握して、ケンカになっている両方の選手に、適切なアドバイスをしていきます。

監督は、技術を教えられない代わりに、人間として、そしてチームの一員として、暴力や言葉遣いの悪さを、それがどれほど無意味であるかを、選手が納得できるように話す、心の教育をしていきます。

少しずつ距離を縮めて

同じ場所で時間を過ごすうちに、選手たちは少しずつ自分の内面を語り始めたり、隠し通そうとしたりし始めます。

優介は、幼い頃に母親を亡くした事実をなかなか受け入れられない、受け入れたくない拒絶と、どうしようもない現実の喪失感に揺れています。

理央は、かつてアメリカ独立リーグの選手として活躍した経歴を持つ母親から何度、トルネード投法という特殊な投球フォームを変えるように言われても、絶対に変えない理由を秘めています。

選手たちそれぞれが、心に何らかの傷を抱え、それでも壁を乗り越えて、成長していく。

壁を乗り越えたって、傷が消える保証なんてどこにもないのに。

ひたむきに野球に打ち込む選手たちの姿。

甲子園、プロ、メジャー

ある日の朝の自主トレのあと、ふとしたことから、それぞれの将来の話を始めた時、自分に話を振られた理央は、

【メジャーやっ!】

と叫びます。

【うちは将来…いや、まず甲子園に出て優勝する。そんで日本のプロに入って、そのあとメジャーに行くねん!】

この宣言に、いつも無口なチームメイトの智美が、ポツリと口を開きます。

【絶対無理なことは、夢や目標のうちに入らない…】
【なんやてぇ?】

智美は、女子が甲子園に出られないこと、日本のプロ野球(NPB)に所属した女子選手がいないことを挙げ、現段階で日本の女子選手がメジャーリーグに入るのは無理だと説明します。

智美が説明した内容は、おそらく理央にとってはすでに何度も思い悩み、そのたびに心を傷めてきたものだったのではないでしょうか。

立ちはだかるルール

【あんたの言うてることなんか、もうとっくの昔に知ってるわ。けど、百パーセント不可能でも二百パーセント不可能でも、うちはあきらめへん! うちは、不可能を可能にする、最初の女子選手になってやるんや!】

ひと息ついて、瞳に涙を浮かべたまま、おだやかな笑みを見せた理央。

苦しげな顔でうつむき、涙をこぼしたのは智美。

どうすることもできず、立ち尽くしたままの男子たち。

社会には、越えたくても越えられない壁がある。

ルール。制度。

子どもたちは、何の罪もないままに、制度という常識に、夢や目標を押し潰されてしまうことがあります。

現実を知り、社会のルールに従うことが「大人の階段をのぼる」ということなのでしょうか。

それとも、現実の厳しさを知ってもなお、途方もない夢を追い続けることに意義があるのでしょうか。

理央は、現行の制度では自分が甲子園に出場できないこと、これまでプロ野球(NPB)に女子選手は所属したことがないことなどを、頭では理解できています。

しかし、小学生の野球選手として、同年代の選手より突出した実力があることが、竜巻少女の葛藤となり、メジャーという夢について、決着をつけることができません。これから、野球に夢中な日々を送る中で、自分がめざすべき道を自分で見つけていくことでしょう。

控え投手になった少年

理央の加入でチーム唯一の控え選手となった語り手の優介も、自分の将来について考え始めます。

【右投げと左投げのちがいはあるけれど、理央と同じように「速い球を投げること」を目標にしていくのは、ぼくの進むべき道じゃないだろうな】

考えた結果、ある結論にたどり着いたとき、それが太い幹となり、たくさんの枝が伸び葉が茂るように、選択肢が湧いてきます。

そこでさらに考えて、錯誤しながら、自分だけが咲かすことができる花とは何か、手がかりをつかむことができるはず。

想定読者は「小学中級から」。小学中級「から」上は(もちろん理解できるなら下も)年齢制限がありません。

子どもの心は多様化しています。海面に浮かぶ氷山の一角を見つけることができなければ、その氷山を知ることのないまま、過ぎてしまいます。

大人が子どもにできることは、可能性を伸ばしてあげることと、多様化の中の共通した闇の部分を丁寧に接して共感し、共有し、不安を取り除いてあげること。

抱える傷や悲しみ、あるいは闇は、人それぞれ違います。しかし、考えて、気がついて、行動して、この最大の壁を乗り越えると、人にやさしくなれるはず。

左投げの控え投手である優介少年は、日々の体験の中で、現状での最大の壁にぶつかって、考えて、気がついて、行動します。

彼の成長の最大のポイントは、

【なぜ、自分は野球をやっているのか】

という、「そもそも論」を深く掘り下げることができたところにあります。

心に青い鳥はいるか

なぜ、自分は野球をやるのか。

野球だけじゃない。

自分が追い求める「青い鳥」の姿を、明確にイメージできているだろうか?

智美が言った【絶対無理なことは、夢や目標のうちに入らない…】というセリフこそ、この物語のキーワード。

言われた理央は瞳に涙をたたえながらも、おだやかな笑みを浮かべました。

理央には、しっかり青い鳥が見えていたから。

智美は、苦しげな顔でうつむき、涙を流しました。

智美にも、理央が追う青い鳥が、しっかり見えていたから。